満床と予後

テーマ:満床と予後

 

病院で満床という状態は、頻回に起こり、入院対応をするスタッフのみでなく、通常外来やER業務を行う上で重要な問題であることは周知の事実であるが、実際にどのような影響が出ているのかを下記の文献で検討している。

まず満床ではなくER混雑が及ぼす影響についての文献をあげる。

 

 

 

 

文献1

Increases in Emergency Department Occupancy Are Associated With Adverse 30-day OutcomesAnnals of Emergency Medicine  Volume 75, no. 4 : April 2020 

今まで分かっている事

救急外来が混雑している時に入院となった患者は、入院期間や院内死亡率が高くなる。また、混雑時に帰宅となった患者は短期的死亡率が高く、救急外来へ戻ってきて入院となる可能性が高い。これらの研究は、特定の病院に限られていたという制限があった。

Objectives

救急外来の混雑度合と患者Outcomesの関係

Secondary objectiveとして、救急外来の種類(サイズ(大中小)、何次救急か、医師/患者比・看護師/患者比、地域など)によって、また患者層(年齢、性別、住所など)によって、救急外来混雑度合と患者Outocomeはどう違うか

Methods

42の救急外来施設(Table1 大中小のER施設。次救急、大学関連、ベッド数、地域。Table2にもっと詳しい情報。ERベッド数、医師の数、医師と患者比、一日何台くるかなど)に来た677475人の患者に対する後ろ向きコホート研究。混雑度合は、年間の平均との比率を算出した(Relative occupancy ratio相対的占有率)。患者の30日間のOutocomeとしては、死亡率、救急外来への再受診、1回目の再受診の際の入院。

Result

10%救急外来での相対的占有率があがると、死亡率・初回再受診時の入院率は3%上がる。10%の救急外来待合室の混雑度合の増加は、再受診率を少し下げた。大きい救急外来では特に、ベッド混雑と死亡率の関係は強かった。

Table3では、ER相対混雑度と30日アウトカムが示されている。

10%混雑度が増えた時の、Odds比が示されている。Multivariable modelsとは、患者の基礎情報(年齢、性別、地域、ステイタスなど)を合わせたもの。死亡は3%、帰宅後ERに再受診率は変わりなかったが、再受診の際に入院となる確率は3%増えた。

Table4では、ER待合室の相対的混雑度と30日アウトカムの関係が示されている。10%混雑度が増した時、ERへの再受診率は1%下がった、死亡率・再受診時の入院率は変わらなかった。

  • ER 混雑時に入院入院期間の延長、入院中の死亡率上昇

  • ER混雑時に帰宅となった患者短期間死亡率、再受診し入院となる可能性上昇。これらは、ER混雑時にはSelective admissionがなされてしまうから。

入院患者の重症率は上がるし、帰宅患者の重症率も上がる事となる

Conclusion

患者やERの特徴を合わせた研究でも、ERでのベッドの混雑度の上昇は、30日間の有害事象の発生を優位に高める結果となった。救急外来混雑時の、ケアの質が落ちていることが心配される。

発表者:西澤 

この文献についてのディスカッションとしては、日常診療でも実感するように、ER混雑での患者さん一人一人への対応は遅くなり、救急外来での診療の質が落ちたり、ERで普段なら行われている検査が入院後に回されたりと、入院期間の延長やまた帰宅判断になった患者さんの再受診率が上昇することがデータとしてあげられています。また待ち時間が長い場合には、再受診率は減るとのデータも出ており、患者さんの満足度評価にもデータとして現れていました。

二つ目に、満床の場合の救急外来への影響を検討した文献です。

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文献2

Association Between Hospital Bed Occupancy and

Outcomes in Emergency Care: A Cohort Study in

Stockholm Region, Sweden, 2012 to 2016

URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31983500/

 

●今まで分かっていること:病院の混雑は救急部に影響を与える可能性がある。

●わかっていないこと:ベッド占有率が上がることで、死亡率や再入院率に影響を与えるのか

●論文で新たにわかったこと:ベッド占有率と死亡率への関連性に有意差はなかったが、ベッド占有率が110%を超えると死亡率が9%増加したという報告もあった。ベッド占有率が高い状態ではERからの入院率は低く、ER再受診率やER滞在時間には有意に影響を与えていた。

●今後の診療をどう変えるか:高い病床占有率を占める状況下では、医療従事者への負担も多きく、85%以上の占有率を占める状況では人的・物的共に医療への質が低下する可能性があり、高い病床占有率でも医療の質を落とさない対策が必要である。

 

以下、論文の内容解説を自由記載

スウェーデンのストックホルム地方の大学病院と高度の医療教育機関の6つの救急外来を対象に観察コホートで行われた研究である。

36カ国の比較、2012-2016年で一人あたりのベッド病床数が上昇したのはトルコと韓国のみであったが、ベッド占有率は全体で80%→94%と増加の傾向にある。

高いベッド占有率で患者の死亡率などへの影響は認められなかったが、Fig1で見られるように占有率が高いと有意にERでの滞在時間は長くなり、Fig2で認めるようにベッド占有率が高い状態では入院率が低かった。本来であれば入院するはずだった患者が入院していない医療の優先順位が厳しくなる事がわかった。今回の研究では有意差は認めなかったが85%以上の病床率を超えると30日以内の再入院率の増加、7日間以内のER再来率の増加が示されている物もあり、またER滞在時間が平均5時間になったという報告もあった。ベッド占有率の高さはERスタッフへの労働負担の増加になっている。

今回のLimitationとしては、入院調整をしているのが人でありバイアスがかかっていると言うこと、高度医療機関を対象としているため死亡率に影響がなかった可能性、入退院の多い時期などの検討をしていない、スタッフの職場環境管理がバイアスとなる可能性、ベッド占有率増加での業務量増加での悪影響を検討していないなどがあげられた。

発表者:金城 

 

文献1でER混雑についてあげられていましたが、文献2では満床時のERへの影響について検討されており、満床がERでの滞在時間の延長に関与し、再受診率や再入院率の上昇という医療の質にも影響を与えているというデータが出ています。満床時には入院する患者選別もハードルが高くなり、それに伴い、再入院や再受診などの割合が多くなるなど医療の質への影響も現れていました。実際の医療現場でも実感する場面が多々あることが、検討中にあげられていました。

 

最後に3つ目は満床状での退院状況についての文献です。

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文献3

The probability of readmission within 30 days of hospital discharge is positively associated with inpatient bed occupancy at discharge – a retrospective cohort study

URL;https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26666221/

 この論文のまとめ →退院時に満床であれば、30日以内の予期せぬ再受診が増える

・わかっていること:占床率は様々な要素で決まり、一つが救急からの入院である

・わかっていないこと:仮説 「満床の時に早すぎる退院が起きているのではないか」

・論文で新たにわかったこと:退院時の満床は、30日以内の予期せぬ再入院と正の相関

・今後の診療をどう変えるか:満床が原因による救急再受診の人かもしれないと心の隅に置く

 

Abstract抜粋

背景  救急部門からの入院需要が増えて満床になると、患者の医学的状況に関わらず早すぎる退院をさせるような影響が出ると先行文献で示唆されている。退院時に満床かどうかが、30日以内の救急再受診と関連するのではないかという仮説を立てた

方法  スウェーデン南部の420床の救急病院の救急受診、2011-2012年、30日以内の予期せぬ再受診と、退院時に占床率が<95%, 95-100%, 100-105%, >105% の関連を調べた

結果  32811の救急受診のうち9.9%が30日以内の予期せぬ再受診だった。再受診のうち9%が退院時占床率;<95%、10.2%が95-100%、10.8%が100-105%、10.5%が>105%だった。多変量解析で再受診のORは、1.11(95-100%)、1.17(100-105%)、1.15(>105%)だった

結論  退院時に満床であることが、30日以内の予期せぬ再受診を増加させるリスクである

—————————————————————————————————————————————————————————————————————発表者:松田

 

この論文への意見として、ROC曲線でAUC 0.62 なので、そこまで強い要素ではなく10%の再受診はそもそも多すぎで、日本には当てはまらないのではないかとあげられており、実際、当院での再受診率は1%程度と思われます。

占床率は様々な要素で決まるが、救急からの入院は占床率を上げる要素であると同時に、退院を促進する要素ともなり、そこで早すぎる退院を引き起こすかもしれないという構図を、救急としては持っているべきではないか、という意見がありました。

 

まとめ:

● 高病床率は入院管理だけではなく、ER診療にも大きく関わる。

● 満床状態では入院へのハードルが高くまた退院へのハードルは低くなり、医療が必要な人の選別基準を厳しくし、ケアの質を落とすと同時に、必要な医療が提供されないリスクが高くなる。

●高病床率状態での診療にはリスクが伴う認識を持ち、医療の質を落とさない対策が必要となってくる。