テーマ:失神患者に心エコーは必要か?

 今回から失神関連のギモンについて3回にわたり、シリーズで検討したいと思います。第1回目のテーマは「失神患者に心エコーは必要か?」です。 実際に当院では失神で救急搬送された患者さんに“ほぼ”ルーチンで心臓超音波検査を実施しています。さらには、失神という主訴以外にも転倒した高齢者など失神の可能性があれば、心臓超音波検査を行っている状況があります。病歴が取れる高齢者や成人でもてもオーバートリアージで実施しており、「ひょっとしたら検査しすぎでは?」と感じることもあります。
一方で高齢者ではときどき大動脈弁閉鎖不全が(ある意味偶発的に)などが見つかる場合もあります。当院は施設内でTAVIを行うので、全例で超音波検査をするからこそで「ひっかけられ」治療介入しているメリットがあるのかもしれません。
普段何気にオーダーしてしまう失神(または失神疑い)患者に対する心臓上音波検査。その是非について、科内でこの疑問に答える文献をメンバーで抄読し今後の診療に対する意見を確認しました。

文献1

Kenton L Anderson, Alexander Limkakeng, Emily Damuth et al. Cardiac Evaluation for Structural Abnormalities May Not Be Required in Patients Presenting With Syncope and a Normal ECG Result in an Observation Unit Setting. Ann Emerg Med. 2012 Oct;60(4):478-84.,

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22632775/

 

後ろ向き観察研究で18か月間にわたり都会の大学医療センターで失神患者を対象に行われた研究です。302名中270名中が心電図を施行され、心電図異常がない(235/270名)と心電図異常があった(35/270名)で心臓超音波検査の結果を比較しました。尚、正常以外の心電図は、不整脈、心房性期外収縮、心室性期外収縮、ペーシング波形、2度及び3度ブロック、左脚ブロックで、除外心電図:新規のST上昇、T波の増高としています。
結果として、心電図異常がなかった心臓の構造異常がなく、心電図異常があった35名のうち7名に心臓の構造異常が見つかりました。尚、心臓構造はEF45%未満、重度の心肥大、重度の弁膜症、何らかの壁運動異常としました。


発表者:富森

 

 文献1につきディスカッションしました。たしかに心電図異常を確認すれば心臓エコーの結果を予測でいると解釈できます。そのため心電図異常が無かったら、心臓超音波検査は異常が出ないはずなので、この場合は実施しないという選択肢もありということになります。一方で、心電図異常に関する項目数が多く、これらの評価を非循環器医が全て評価するのは難しいのではないかという意見もでました。つまり心電図が読める前提で超音波検査をするのは妥当かもしれないが、その心電図の判断に自信が無いとついつい超音波検査をオーダーしてしまうという本音の意見に、頷く医師は少なくありません。

 

 では、心電図判断だけでなく、身体所見も加味して評価するとどうでしょう。この疑問に答える文献を合田先生が発表しました。

文献2

Ali Raza Ghani, Waqas Ullah, Hafez Mohammad Ammar Abdullah et al. The role of echocardiography in diagnostic evaluation of patients with syncope-a retrospective analysis. Am J Cardiovasc Dis. 2019 Oct 15;9(5):78-83.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31763059/

 

こちらは18歳以上で心電図・エコーで異常があり、失神の診断で観察unitに入院になった患者を対象とした研究です。身体所見の異常は胸部聴診上の異常としました。心電図異常は軸偏位、虚血変化、1-3°AVB、2束block、QTcの異常、LBBBとしました。
そして身体所見と心電図のどちらかで異常がある場合は、高リスク、両方とも問題ない場合は低リスクとしました。結果的に高リスク患者は43.75%の重要なエコー異常がみつかりましたが、低リスク患者は10%しか重要なエコー所見が見つかりませんでした。
ここでのエコー上の異常は、EF 45%、弁異常、心室肥大、流出路閉塞、心膜液貯留、肺高血圧としています。結果として、心電図異常や身体所見上異常のある患者は、7.08倍エコー上の異常を伴っていると報告しています


発表者:合田

 

 こちらは文献1が心電図だけでしたが、文献2は心電図と身体所見という点がポイントです。その結果は文献1とほぼ同様でした。つまり心電図か身体所見どちらかの異常がある場合はエコーで異常所見がでる可能性が高く、両方が正常であれば所見が出にくいという結果です。そのため心電図と身体所見が正常であれば全例で心臓エコー検査をする必要性が無いとう意見が出ました。
 なお、今回の心電図異常であれば文献1ほど項目が多くはなく評価可能かもしれません。なんとなく心臓エコー検査をするのでなく、オーダー前に身体所見に異常があるから依頼する、心電図の具体的な異常所見をもって超音波技師さんに依頼するという姿勢は科学的にも必要だという意見には皆が同意しました。
最後にまとめとして、神野先生が2018年に発表された米国循環器学会/全米心臓協会/全米不整脈学会による失神に関する合同ガイドラインについて、今回の議論に関係する項目について発表しました。以下にガイドラインで全72ページと内容が多すぎるので、今回のテーマに関する部分を抜粋します。

文献3

Win-Kuang Shen, Robert S Sheldon, David G Benditt et al. 2017 ACC/AHA/HRS Guideline for the Evaluation and Management of Patients With Syncope. Journal of the American College of Cardiology Volume 70, Issue 5, 1 August 2017, Pages e39-e110

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28280231/

  • 失神患者は詳細な問診と身体診察を行うべきである(推奨度 I)
  • 失神患者の初期評価には,12誘導心電図が有用である(I)
  • ルーチンで包括的な検査の有効性はない(III,効果なし)
  • 心疾患が疑われなければルーチンの心臓画像診断は勧められない(III,利益なし)

発表者:神野

 

 ガイドラインで改めて確認できるのは、病歴や身体所見、心電図は失神の評価に必要である一方で、ルーチンの心臓画像診断(今回の超音波検査はこちらに含まれる)は推奨されないという点、これを皆が再認識しました。当然といえば当然ですが、ガイドライン上も最新文献でも、基本に忠実に身体所見や心電図を大切にすること、そのうえで心臓上音波検査を行うことを再確認しました。
増井医師からのコメントで、心電図検査における2束block、QTcの異常、LBBBなどの確認項目は特別専門的な内容を要求しているわけでないと言及されました。
急医が急性期疾患のプロフェッショナルである以上は、診断に必要な検査一つ一つの意義について語れることは重要です。今回の3つの文献を通じて、失神においても経験的に検査するのでなく、検査理由とその結果のアクションについて科学的根拠をもって実施することが重要であると確認しました。

まとめ
  • 心臓超音波検査の前に、身体所見をしっかりとろう。
  • 心電図を確認。Ⅱ・Ⅲ度ブロックや明らかな虚血所見だけでなく、左脚ブロック、2束block、QTcの異常なども確認しよう。
  • 心臓エコー検査をオーダーするからには、こうした身体所見や心電図で異常があるという根拠をもって実施しよう。
  • 若年者で身体所見や心電図異常もなく、血管迷走神経反射などが疑われる場合は自信をもって心臓超音波検査は見送れるようにしよう。

文献1 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31763059/

文献2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22632775/

文献3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28286222/